日記

普通に暮らしたら幸せだった

セレッソマンです。

夏から秋にかけて連休がチラホラとある。
いつからこんなにカレンダーに連休が増えたんだ?
まぁ嬉しいからいいや。

連休やら熱いやら涼しいやら、なにかとバタついている毎日が続く。

そんな中で最近、普通に終わる日があった。
学生の頃なら当たり前にあった普通に終わる日。

働くようになると、そんな普通に終わる1日が幸せだったりする。

ゴージャスな会議資料を2本作り、パラパラと電話して調整事を終える。
滞りなく終わり、トラブルやグラブルこともなく終わる1日。

若干の疲れと手応えが残るぐらいの普通の1日だった。

何もないのが一番なのか

普通に何もないことが毎日のように続いてた学生時代は「面白いことないかな」が口ぐせだった。
どこかイベント発生に期待しながら暮らしていた。

しかし、働くことが忙しかったりイベントだらけの時は、何もないことが幸せで何もないことを願う自分もいる。

そんな時は平和が一番。
何もなく、ボーッと家にいる。
テレビ見てもいいし、早く寝てもいい。

「あーっ幸せ」って思う。

つまりは…
何もないのはツマラナイ。
そう思うこともあるが…
何もないのは良いことだ。
と思うこともある。

結局は色々あることを望んでいるのかもな。

普通に暮らした。
それ最高じゃないか。

そう思える自分を大事にしたかったりもする。

マンネリというか心はいつも同じを望まない。
結局は「今無いもの」を探しているだけかもしれない。

イベントの幸せも平凡の幸せもすぐに忘れてしまう。
どちらも幸せだと覚えていることが一番幸せかもしれない。

そう思った普通に暮らした日。
幸せだった。

おわり。

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