僕たちの将来の夢はサラリーマンだったのか

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お盆でいろいろ考える時間があり、自分が子供の頃の将来の夢と今について考えた。過去より今が大事だから特に今についてくよくよと思わないけど人生ってやってみないとどうなるか分からないものだなぁと思った。

子供の時、なんであんなこと言ったんだろ。「大きくなったらパイロットになりたい」。そんな夢を追いかけて一切パイロットになる努力なんてしなかった。つまり夢をまったく追いかけなかった。どうだまどろっこしい文章だろ。

パイロット目指して英語すら勉強してないなぁ。言えるのはアッポーペンぐらいだわ。ペンはもちろんパイロットだけど。

でもなんであの時「パイロット」なんかになりたかったんだろ。ただただ空を飛びたかった。そう言えればカッコいいけど本当は違う。なんかカッコイイ乗り物運転したかっただけなんだ。ガンダムは実在しないでしょ。トーマスは顔が黒くなりそうだし、うーんならヒコーキ〜ってこのハナタレが。そんな感じ。

そんな私はやがてサラリーマンになる。今ではプリプリに肉付きの良いサラリーマンになっている。そのボディーはメタボリック、頼むメタリックと聞き間違えてくれ、かっこよさ1000倍になれるから。

今、子供の時の自分に会えるなら言ってやりたいな、サラリーマンだって捨てたもんじゃないぜと。それどころか、そもそも捨てられたもんなんだよって。

ほんとサラリーマンってすごい。自分たちが作った仕事のやり方に対して苦しんでる。あぁ会議で説明やだなぁ〜って会議にかける仕組み回してるのてめーらだし。自爆。こうしようぜーからのおいっめんどくせーよ。何やってんだか。

ただのおじさんなのに偉いことにしてヘコヘコする。偉いとか偉くないとか決めてただのおじさんを祭り上げるシステム作ったの自分たちだろ。あの人が言ってるからやらないと〜ってただのおじさんを強いことにしたの自分たちでしょ。あの人は偉いんだよーからの言うことを聞きたくないよ。何やってんだか。謎の階級制度。

つまり、サラリーマンが素敵なのは毎日が茶番なこと。自由を面倒に。面倒なことをより面倒に。簡単なことを難しくよりリアルに。これは悲劇?いや茶番劇。そんなナイスな劇が会社では毎日のように繰り広げられている。

私はそんな茶番劇の中で村人の役をやってる。ソコソコボロボロの服を着て背中丸めてスコスコ歩く感じで。お侍さんが来たらヘコってして、米を貢ぎなさいと言われたら「そこを何とかお許しください」と毎回言ってから必死に田植えをする。田植えの基本はいかに泥だらけになるかだ。頑張ってる感が演技には求められる。

同僚なんて田植え中にギックリ腰になる演技してた。ギックリ腰になりましたが必死で米を作りました。名付けて「腰ヒカリです」。それから会社に来なくなったな。あの演技は茶番の最高峰だったよ。悲しくなったんだろうな。でもギックリコシヒカリ美味しかったよ。

そんな演技、パイロットには必要ないよな。「お侍様〜」でなく「グッドラック!ピシッ」ってセリフだもんな。子供の頃の方が正しい夢をみていた気がするわ。

いっそのこと子供の時パイロットになりたいではなく、サラリーマンの茶番劇で村人を演じたい。と言えば夢叶ったのにな。

でもカッコイイよサラリーマン。世の中を回す劇に出てるんだからな。頑張れば世の中を変えることもできる。世界を飛び回ることもできる。ようは人生をどう演出していくかが重要だ。

おわり。

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セレッソマン

セレッソマンを運営。 セレッソマンブログは、セレッソ大阪を盛り上げながら自分の人生の思い出を綴るために書いている。 つまり、セレッソ系ライフログメディア(自称)らしい。 兵庫出身で大阪で生活中のサラリーマン。 初めて行ったJリーグの試合はヴィッセルだった。(これは内緒らしい…)