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嗚呼なぜ自分に甘くセレッソに厳しくなるのか

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サラリーマンをしていると様々な出来事があります。怒られたり、誉められたり、チャンスをチラつかされて何も無かったり…。

そんなサラリーマンを続ける中で身につけた心の持ち方があります。

それは「どーでもいいですよ」という現実の受け止め方です。良いことも悪いことも「どーでもいいですよ」と考えれば、気持ちが安定した自分が維持できます。

何かある度に反応していてはサラリーマンは疲弊し、持たないと思っています。とにかく平常心を貫く。それが「どーでもいいですよ」の源になります。

ただし、「どーでもいいですよ」は半分開き直りの状態で、残り半分は自分への甘さでできています。どこか他人ごとでありがたくも悔しくもない。なんだかんだで自分を甘やかしているのです。

自分には甘いがセレッソには

私はセレッソ大阪サポーターですからセレッソには厳しい感情があります。「どーでもいいですよ」と思ったことがありません。

自分には甘いことと比べると別人です。これはセレッソへの束縛とでも言うのでしょうか。セレッソに対しては思い通りに「夢」叶えてもらわないと嫌なんです。困るんです。

それが何故だか分かりませんが、まさか自分以上にセレッソに期待している?自分の理想をセレッソに投影している?なんて思います。

不甲斐ない自分の代わりにセレッソに頑張ってほしいなんて感情かもしれないです。とにかく自分に甘くセレッソに厳しい都合の良い男です。私は。

でも、そんな感覚を理解できるサポーターも多いのではないかと思います。セレッソはサッカーを楽しむ相棒であると同時に現実を忘れさせてくれる、熱いファンタジーみたいなものです。

自分のことは置いといて楽しめる何かがそこにはあります。だから心が解放され愛と厳しさがあふれ出るのだと思います。

つまりはその…。

自分以上に期待できる存在がセレッソなわけで、自分の代わりに「夢」叶える可能性があるのがセレッソなわけで、どんなに凹んでも支えてくれるのがセレッソなわけなんです。

自分に甘く、セレッソには文句を言い厳しくなれる。セレッソは何だか都合の良い存在ですがそういうことなんです。

サポーターにも色々あるけど、サポーターでいられる幸せの一つには、精神的な癒しや心に響くものが返ってくる喜びがあります。

そうそう、セレッソに対して「どーでもいいですよ」と思うことがあります。それは選手の海外移籍です。

そりゃ聞いたときは寂しいですよ。でも、現実に戻ると「どーでもいいですよ」なんて思います。

たぶん、移籍する選手が自分に重なるんでしょうね。飛躍したい気持ちが奥底にあるから「どーでもいいですよ」と振る舞う。人の心は難しいものですね。

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ABOUTこの記事をかいた人

セレッソマン

人生はREALTIME ACTION ADVENTURE!をコンセプトに自分を盛り上げるためにブログを書いている。大阪で生活中のサラリーマンでtwitterをフォローすると喜ぶ。